シートン動物記から100年

山極壽一 (京都大学教授)
2012年06月24日

◎共存の心が絶滅を救う

私の世代には、「シートン動物記」を読んで育った人が多いはずだ。とりわけ動物に関係する職業についている人たち、獣医、動物園の飼育係、動物学者などは、その道を目指したきっかけになったと考える人も少なくない。オオカミ王ロボ、キツネのスカーフェースやビクセンが、人間に追い詰められながらさまざまな知恵を発揮して生き抜いていく様子を、息を凝らし、はらはらしながら読みつないだものだ。それが私の野生動物への興味を駆り立て、野生のゴリラの研究に向かわせた遠因になっていると思う。

第二次世界大戦の直後に、京都大学で動物社会学という新しい学問が始められたとき、研究者たちは自らをシートニアンと称した。ウマ、シカ、サル、ウサギの一頭一頭に名前をつけ、その行動をつぶさに記録した。ちょうどシートン動物記のように、名前の付いた動物の個体同士のやりとりを描写し、動物たちの社会的な知覚力を推察したのである。ただ、日本の研究者はシートンのように動物の英雄だけでなく、群れに属する全ての個体を考慮した。また、動物を人間の言葉で語らせるのではなく、彼らの声や表情や仕草の意味を理解しようとした。文学ではなく、科学として動物の社会を明らかにする試みだったからである。

しかし、この試みは欧米の学者から強く批判された。言葉を持たない動物に名前をつけ、その行動を記述することは、動物が人間のような心を持つと見なす誤った考えであるというのである。当時、動物を擬人的に見ることを強く戒める風潮が欧米にはあった。文化も社会も言葉を持つ人間だけに可能なものであり、動物は本能の働きに従って外界の刺激に機械的に反応しているだけだと考えられていた。実はシートン動物記も欧米の少年少女たちにあまり知られていない。動物学者たちに尋ねても、シートンを知らない人が多いのである。

西洋の昔話では、動物は人間になれない。動物に変身させられた人々が勇気ある行為に助けられて復活する物語ばかりだ。そこには人間と動物との間に決して超えることのできない境界がある。対照的に日本の昔話は、動物が人間になって一緒に仕事をしたり、食事をしたり、結婚して子どもを作ったりする。ただ、動物たちは人間の姿になるだけで、人間とは違う心を持ち、人間にはない力を発揮する。日本人は、そのような動物たちとこの世界に共存している実感を持って暮らしてきたように思う。

だから、日本の動物学者たちはシートン動物記をあまり違和感なく受け入れたのだろう。かくいう私もニホンザルとゴリラの研究を始め、彼らとのやりとりを通して彼らの心のありようを強く意識するようになった。ある時、ゴリラのオスが近づいてきて、私の顔をじっと見つめた。相手の顔をのぞき込む行為はニホンザルでは威嚇を意味するので、ゴリラにまだ慣れていなかった私は目をそらして下を向いた。そうすれば、ニホンザルなら私に敵意がないとみて、のぞき込むのをやめる。ところが、ゴリラはなおも顔を近づけてきて執拗(しつよう)にのぞき込み続けた。そして、私が態度を変えないと不満そうに胸をたたいて去っていった。

それを見て、私はゴリラのことを誤解していたことに気づいた。相手の顔をのぞき込むのはゴリラでは威嚇ではない。このゴリラは恐らく私にあいさつをするか、遊びたかったのである。のぞき込むという行動の意味が、ニホンザルとも人間とも違っていたので、私にはすぐにわからなかったのである。でも、この時、ゴリラは明らかに私に働きかけ、私からゴリラの間で通じる反応を期待したのである。それは、ゴリラが私を仲間に受け入れようとした態度の現れである。ここにゴリラの心があると言えないだろうか。

20世紀後半の野生動物の研究は、動物に独自の文化や社会があることを明らかにした。チンパンジーやオランウータンなど人間に近い類人猿の研究者たちは、日本の研究者と同様に個体に名前をつけてその行動を記録している。彼らが人間とはちょっと異なる、でも私たちに理解可能な心を持っていることがわかってきた。驚いたことに、これらの動物たちは激しい敵意を抱いていても、いつしか人間を受け入れてくれる。それは野生の動物たちが異種の動物と共存していこうとする心をもっていることを示している。

シートンは、人間に追い詰められ、滅びていく野生動物の姿を描いた。それから100年たった今、私たちは動物たちの行動の意味をより詳しく理解できるようになった。でも野生動物たちはますます絶滅の危機に瀕(ひん)している。それは、その知識を人間が動物たちと共存するためではなく、利用するために使っているからだ。今、大事なことは、共存し触れ合おうとする動物たちの心を感じ取ることではないだろうか。まだ私たちはシートンを超えることができていないのである。

この記事は,毎日新聞連載「時代の風」2012年06月24日掲載「シートン動物記から100年・山極寿一」を、許可を得て転載したものです。