大学を探検する

山極壽一 (京都大学総長 / PWSプログラム分担者)
2015年08月23日

◎「ジャングル」が生む魅力

この度、京大野帳を発売することになった。学生たちが中心になって進めてきた「新しい総長グッズを作ろう!プロジェクト」で提案され、完成に至った商品である。実はこの野帳には私の思いがこめられている。

野帳を開くと、扉のページには「大学はジャングルだ」という言葉が目に飛び込んでくる。それは、昨年10月に学長に任命されてから、私が大学に感じてきた印象である。私が長年調査してきたゴリラはアフリカ中央部の熱帯雨林、すなわちジャングルにすんでいる。ジャングルは地球の陸上生態系で最も生物多様性の高い場所であり、赤道直下の豊富な太陽光と雨量によって支えられている。多様な生物が独自のニッチ(生活場所)をもってひしめき合い、常に新しい種やニッチを生み出しながら安定を保っている。

大学もジャングルと多くの点で似ている。多様な学問分野に研究者や学生たちがそれぞれの動機や熱意を持って集う。分野の枠を超えて切磋琢磨(せっさたくま)することによって、常に新しい考えや技術が生まれている。そして、大学には活動を保証する資金と、それを支える社会が必要である。ジャングルも大学も決して閉じた系ではなく、常にそこを出入りする個体を通して外の世界とつながる。そしてその動態が地球全体の共生系を支える大きな原動力になる。

しかし、ジャングルや大学の構成員は、そこがどんなに多様な世界であるかをよく知っているわけではない。自分の専門領域とその周辺はよく熟知しているが、他にどのような営みが自分の近くで行われているかをあまり知らない。外からの働きかけや偶然の機会によって、思いがけない出会いがあり、その際に世界の奥行きや広がりを知ることになる。そして、それをきっかけにして新しい組み合わせが生じ、創造的な試みが企てられるのだ。

大学を卒業した人たちの多くは、自分が在学時代に大学の施設や中身をよく知らずに、十分に利用しないままに出てしまったと後悔しているのではないだろうか。私もそのひとりである。大学を出て、外から眺め、ああこんなに面白いことが詰まっているのだと思い直したことが何度もある。それはとてももったいないことのように思えるのだ。

昨今の「人文社会学系の学部の廃止や統合を」という文部科学省の要請や、「社会ですぐに役立つ人材の養成を」という産業界の要請は、大学の持つ多様性とその重要性への誤解から生じている。また一方で、それは大学が多様性を生かし切らず、その成果を社会へ発信する努力を怠ってきたことにもよると私は思う。

だから、研究者も学生もこの京大野帳を片手に大学構内を探検し、どこにどんな魅力的なものがあるかを知ろうと呼びかけたのである。もちろん大学の行事や講義はホームページや各部局の案内で知ることができる。しかし、フィールドワークは実際にそれを見て体験するところから始まる。できれば自分の疑問や発想を互いに交わし合って、新しい考えを共有しよう。

ジャングルの魅力はその歴史性にある。今あるものは、今とは違ったものや組み合わせから生じてきたからである。大学も同じだ。学問を理系・文系と分けてその成果を比べるより、それらの学問が交流するなかで何を生み出してきたかに着目しなければ、未来への道は開かれない。新しい技術は人類の可能性を広げる。しかし、その可能性を吟味し、それを社会へ実装するのは大学が持つ多様な知識の蓄積と、その裾野が支える学問の総合力なのである。

今回新しく作った総長グッズは他にもある。「京大×聖護院八ツ橋」は、京大のキャンパスや京大生の日常生活の“あるあるネタ”を八ツ橋に印字してある。開けて食べるまでこれは秘密になっている。グッズを考案した学生諸君のフィールドワークの成果である。本家聖護院にはいくつかの八ツ橋の名前の由来があるが、私の勝手な思いは「体験したさまざまな現象の間にいくつもの橋をかけて味わおう」ということだ。

もうひとつは、ベークドチーズケーキ「ゴリラ・フロマージュ」(通称ゴリマ)。私たちの研究チームの最近の成果だが、発売日が限られているので詳しくは紹介しない。それもジャングルの魅力のひとつであろう。

この記事は,毎日新聞連載「時代の風」2015年08月23日掲載「大学を探検する・山極寿一」を、許可を得て転載したものです。