大学の国際化

山極壽一 (京都大学総長 / PWSプログラム分担者)
2014年10月12日

◎産業界、地域の理解必要

今月5日から7日にかけて、京都で「科学技術と人類の未来に関する国際フォーラム」が開かれた。約100カ国の科学者、企業のトップ、政府関係者ら約1000人が集まって世界共通の課題や解決策について話し合った。多くの大学から学長が参加して大学の抱える問題や役割について議論が行われ、私も大学の国際化と流動性について意見を述べた。

日本に限らず、世界のトップクラスの大学はどこでも国際的な評判を気にしている。大学のランキングを左右するのは、その大学に所属する研究者の論文数やそれらの論文の引用率だ。今は英語が主流だから英文の学術誌に論文が掲載されねばならない。英語を母国語としない国の大学にとってこれは悩ましい。自国の歴史や文化はどうしても母国語で教え、研究し、公表する必要があるからだ。

また、教員や学生の流動性も対象になる。教員が何十年も所属を変えず、学生が分野や進路について狭い選択肢しか与えられない状況は評価が低い。とくに国際化は喫緊の課題だ。海外には外国人教員率が50%を超えている大学が相当数ある。英国のある大学は最近中国に連携大学を作り、中国の学部教育の2年間を英国で行うことを可能にした。今年は2000人の中国人学生を受け入れたという。カナダの大学でもフランスの大学と学部2年間の留学協定を締結している。単位の互換性を条件に、どちらの大学で単位をとっても卒業に必要な単位として認められるジョイントディグリーやダブルディグリー制度を適用している。

京都大学でも大学院の授業やセミナーの英語化、外国人教員率は近年急速に上昇したが、学部学生の国際化はまだ十分ではない。受け入れる外国人学生、海外に留学する日本人学生の数を増やしていかねばならない。しかし、これは大学だけの力ではできない。今回、さまざまな大学から日本に学生を送るメリットが明確でないという話を聞いた。もちろん、日本の高い科学技術や知識は海外の学生にとって大きな魅力だ。だが、学生はその先を考える。せっかく高い技術を習得して学位をとっても、日本の企業になかなか就職できない。日本の大学で学んでも自国の企業が優先的に採用してくれるわけではない。日本でも自国でも活躍できる機会が閉ざされているというジレンマがある。

文部科学省は、産業界の出資による「トビタテ!留学JAPAN」を設置して日本人学生の留学を支援し、海外の大学と共同して授業科目を設ける国際連携教育課程の実施へ向かって動き出している。これは大学の国際化を進める上でいい追い風になると思う。しかし、企業が本腰を入れて外国人学生を受け入れてくれなければ、海外から日本へ来ようとする留学生のモチベーションは上がらないし、日本の学生の留学意欲も高められない。

大学の国際化を促進するためには、海外から優秀な教員を採用しなければならないが、そこにも困難な課題がある。欧米のトップレベルの大学の教員の給料は日本の国立大学の2倍近い。運営費交付金が毎年削減される中、海外の優秀な教員を採用すれば、いきおい教員数を減らさざるを得ない。講義数が減り、学問の多様性が確保できなくなる。これはとくに人文社会学の分野では教育の質の低下につながる。学生の英語能力は向上しても、厚みと幅のある教養・基礎教育を提供できなくなるからだ。

それに、海外から家族を連れてやってくる教員は大きな壁にぶつかる。配偶者が働く場所がないし、子供たちが通うインターナショナルスクールが近くにない。欧米では夫婦を一緒に雇う大学も多いが、日本ではそういう体制がまだできていない。

つまり、大学を国際化するためには、産業界や地域が外国の教員や学生を温かく受け入れる環境が不可欠なのだ。幸い、世界一の観光都市である京都は、海外からの訪問客を受け入れる条件がそろっている。京都の伝統的な施設を国際交流の場として活用しつつ、学生のみならず地域の国際化、活性化を図る。これは観光振興にも利するはずだ。いわば、京都をまるごと大学キャンパスにする試みを推進しながら、海外とのアカデミックな交流を高めようと今、私は考えている。

この記事は,毎日新聞連載「時代の風」2014年10月12日掲載「大学の国際化・山極寿一」を、許可を得て転載したものです。