第20回「野生生物と社会」学会公開シンポジウムは無事終了いたしました。
ご参加いただき誠にありがとうございました。

公開シンポジウム:フィールドミュージアムの可能性をさぐる

第20回「野生生物と社会」学会公開シンポジウム
日時:11/01 13:00~16:30
場所:犬山国際観光センター フロイデホール

内容
野生生物の生息域の現場で、市民参加でさまざまな博物館活動(研究・教育・普及)を行いながら保全をめざす取り組みが、各地で展開されている。博物館という「箱もの」を飛び出したこれらの活動を「フィールドミュージアム」とよぶことにしよう。これまでのように野生生物の生息域を保護区として囲ってすませていた時代は終わった。みんなで学び,楽しみ、ともに考えていく、新しい生息域管理の考え方と実践について考える。
趣旨説明
湯本貴和
(京都大学霊長類研究所)
1970年代にフランスで誕生したエコ・ミュゼ、すなわちエコ・ミュージアム運動のひとつの形態として、フィールドミュージアムがある。フィールドミュージアムとは、博物館を従来の「箱もの」に展示物が入っているというスタイルではなく、地域の自然や人々の営みそのものを博物館とみなし、研究・保全・普及という博物館的活動を通じて、社会的にも経済的にも活用を図ろうという構想である。とくに、地域社会の発展に寄与することを第一の目的として掲げて、「行政と住民が一体となって発想し、形成し、運営する」ことに力点がおかれているところが、旧来の博物館とは様相を異にしていた。ただし現在では国内外の多くの先進的な博物館が、活動の現場を博物館内に留めずに「外」に飛びだしており、さらに運営にも市民やNPOが大きく関わるようになってきているため、フィールドミュージアムとは急速にボーダーレスとなりつつある。本シンポジウムでは、野生生物の研究や保全・管理および利用に関して、フィールドミュージアム的な発想でおこなわれているさまざまな取り組みを紹介していただき、これらの取り組みを改めて博物館的な活動として捉え直した場合の新しい可能性をさぐりたい。

屋久島野外博物館構想の20年
手塚賢至
(屋久島生物多様性保全協議会)
屋久島のありのままの自然を博物館とする野外博物館構想は、1993年に屋久島が世界自然遺産に登録される前後、世界遺産の核心地といえる西部地域での道路計画に端を発している。既設の1車線道路を大型車両も通行可能とする拡幅工事計画への対抗軸として提案され、具体的な形で問題提起されたのはこの時期であった。無人地帯である西部地域の自然環境を現状のまま残し、野外博物館として研究・教育・学習・エコツーリズムの拠点とする、この新しい考え方は将来の屋久島の進むべき姿を指し示すものであった。研究者や地元住民、議会からの要請を受けて道路計画は1997年に白紙に戻されて、今も1車線道路が馥郁とした緑のトンネルに覆われて、この一帯は野外調査やエコツアーに利用されている。1998年以降、この構想に関与した研究者を中心とする大学の研究機関と地元自治体が共催でフィールドワークの基礎を学ぶ「屋久島フィールドワーク講座」が実施され、同時に島内ではエコツアーガイドや関連会社が隆盛し、NPOによる自然環境・文化的資源の保全活動が盛んになるなど、様々なかたちで野外博物館に関連する取り組みが行われている。こうした諸活動を集大成し、屋久島の住民と研究者がともに学びあう場として、2013年12月に「屋久島学ソサエティー」が設立された。本シンポジウムでは私自身が関わった1995年の西部地域での「足博」(足で歩く博物館を創る会)の活動から「屋久島学ソサエティー」までを追いながら、今後の課題も含めて屋久島野外博物館構想の20年を概観する。

ウミガメ調査・研究は博物館活動だった
亀崎直樹
(岡山理科大学/神戸市立須磨海浜水族園)
昔、4年間ほど八重山の黒島という離島に住んでいた。周囲で起こる自然現象は極めて予測不能で面白かった。その面白さを探究したいと思い大学院にいくが、その面白さはそぎ落とされ、何か納得のいかない研究で学位をとってしまった。自然にアプローチするツールとしては、理論や体系を重視する学問は不適なのかもしれない。人間活動が活発になり自然に顕著な変化を与えるようになった今、必要なのは様々な自然現象の記載・記録だと思うのだが、現在の人類のパラダイムにこれは含まれていない。この抜け落ちた部分に最も近いのが博物館活動であるような気がしている。ウミガメに関する学問は他の動物に比べ活発である。多くの研究者が沢山のことを明らかにしてきた。ところが、日本でウミガメに関心を持った人間の誰しもが持つ疑問、例えば、1シーズンにどれ位の数のウミガメが産卵するのか、どこで最も沢山産卵するのか、生まれた子ガメはどうなるのか、等々の疑問には、研究は応えることができなかった。しかし、日本の場合、それらの素朴な疑問への回答ができたのは、市民の観察の蓄積があったからである。自然は動態であることは当然であるが、その変化に対して人間は無頓着であるし、それを記録する体制すら構築されていない。この抜け落ちた部分がフィールドミュージアムという概念で補完されればいいと思っている。

イルカウォッチングを中心とした御蔵島のエコツーリズム
小木万布
(御蔵島観光協会)
御蔵島において本格的な観光業が始まったのは、ここ20年ほどである。年間100万人を超える観光客が伊豆諸島に押し寄せた1970年代の離島ブーム時も、交通の不便さから観光化の波を逃れた御蔵島の自然や人の生活は、大きな攪乱を受けることもなく比較的保守されてきた。しかし、1993年、ダイバーの間で野生イルカと泳げる島としての評判が広まると、瞬く間に島はイルカウォッチング客で溢れることになる。島の人々はイルカの保護を目的として御蔵島イルカ協会を設立し、1994年からイルカの個体識別調査を開始、以降、島周りのイルカ生息頭数をモニタリングしている。2004年、東京都と御蔵島村は自然環境保全促進地域の適正な利用に関する協定書を締結し、東京都版エコツーリズム(御蔵島)の取組みを開始した。立入り場所、時間、数が制限され、自然ガイドの同行が義務づけられるとともに、保全のためのルールや隻数の変更はモニタリング調査結果を踏まえて行なうことが規定された。また、調査結果やイルカの最新情報は、観光客に還元されるよう自然ガイドや協会発行の書籍、広報誌、インターネットを通して発信されている。本シンポジウムでは、イルカウォッチングに関わる取組みを中心に、御蔵島の観光施策について紹介する。

アマゾンのフィールドミュージアム構想
幸島司郎
(京都大学野生動物研究センター)
野生動物保全のために、今、最も必要なことは、多くの絶滅危惧種が生息するアマゾンやボルネオ、アフリカなどに、野生動物を飼育、半飼育(半野生)、野生下で観察・研究できる施設と保護区を整備することだと我々は考えている。たとえば、オランウータンの野生復帰事業には、救護個体を収容する飼育施設、野生復帰トレーニングのための半飼育施設、復帰後の行動モニタリングが可能な保護区の3点セットをボルネオに整備し、それらを一元的に管理・運営することが必要である。このような施設は、理想の動物園・水族館ともいえよう。なぜなら本来の生息環境に近いので、動物福祉の観点から理想的である他、本来の姿や振る舞いを簡単に観察できるので、研究や教育にも役立ち、エコツーリズムを通じて地域経済にも貢献できるからである。現地専門家や地域住民が活躍できる職場ともなるであろう。さらに、他の多くの生物や生息環境そのものの観察や研究・保全にも役立つ。つまり、地域の生態系保全・環境教育・エコツーリズムの拠点となる可能性をもっている。我々は、これらをまとめて「フィールドミュージアム」と呼ぶことにした。本シンポジウムでは、我々がアマゾンで進めつつある「フィールドミュージアム構想によるアマゾンの生物多様性保全」プロジェクトについて紹介する。